食に本気な大人のための「鴨ネギの会」

”蔵元と消費者と飲食店”が夜な夜な美酒を嗜む秘密の酒会

ジャガイモの話④【ジャガイモといえばどこの国?】

皆さまこんにちわ(*´ー`*)ノ

鴨ネギ広報部、ヨシコです。

ジャガイモの話も今回で4回目。

え?そろそろ飽きてきた?

やっとインカ帝国からヨーロッパへ入国したばかりですからね(笑)

まだまだ続きますよ!

 

の、前に。

皆さまはジャガイモといえばどこの国を想像しますか?

 

この質問を、この記事を書きながら、私は旦那さまにしてみました。

彼の答えはこうでした。

 

「ドイツでしょ!

ジャガイモと言ったら、ドイツのジャーマンポテト!!」

 

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( ゚д゚)むん。やはりね!

実は私もそういうイメージ。

ジャガイモと言ったらドイツ!!

みたいな。

 

では実際はどうなのかというと、ジャガイモの国別1人あたり年間消費量は下記のようになっています(単位:kg)

 

1.ベラルーシ 173.0

2.キルギスタン 140.6

3.ウクライナ 140.3

4.ラトビア 139.8

5.ポーランド 130.1

6.ロシア 125.6

21.ドイツ 72.1

42.日本 22.3

という、日本はともかく、ドイツが21位という意外な結果。

(2003年FAOSTAT)

 

ちなみに生産量では1位が中国

ロシア、インド、ウクライナアメリカ、ポーランドに続きドイツは7位。

日本は20位でございます。

(2004年FAOSTAT)

 

消費量トップの国々を見るとお分かりの通り、旧ソ連のところばっかりね。

:(;゙゚'ω゚'):ここ、深堀すると超長くなるんだよなwww

ロシアに詳しい志村さんに、後で解説してもらわなくちゃ……

って、話がロシア方面にいっちゃいそうになりましたが(後でチラッと書きます)

 

話をドイツに戻します。

 

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旦那や私のジャガイモのイメージが「ドイツ」だった、というところから。

おそらく皆様も、ジャガイモといえばソ連よりドイツってイメージの方が強いのではないでしょうか?

 

で、ようやくここから前回の続き…

どのような歴史背景があってジャガイモが一般的に普及していったのか…というところに入りたいと思います。

長い前置きですみません。

 

そして復習です↓

 

1570年頃、インカ帝国からスペインに渡ったジャガイモは、1600年頃にヨーロッパの各国に入国します。

しかし、一般的になかなか普及しませんでした。

これまでヨーロッパでは土の下(茎から取れる植物)からとれる食用の植物がなかったから。

はい。

ここまでが前回のまでのお話。

 

加えて説明すると、この頃のジャガイモは色も形も悪くて、その姿が病気を連想させ、

「ジャガイモを食べると流行病にかかる」という迷信が広がっていたからなんです。

 

しかし、その頃のヨーロッパの食糧事情はというと、

小氷河期(1550年〜1850年頃)と呼ばれる凶作の時代が続いていました。

加えて、

1618年〜48年まで続いてた三十年戦争から…何かしらの戦争・革命がずーーーーーっと、ずーーーーっと続いていたのであります。

もう、ここ言い出すと全100くらいに及んでしまうので割愛しますが(本当は語りたいw)

とりあえず、三十年戦争ってのはドイツ国内の宗教的対立に諸外国が介入した戦争で、戦場となったドイツは全土が荒廃し、人口が約半分になったと言われています。

 

はい。つまり、どういうことかというと、

土地は荒れて国民は飢えていたわけです。

 

そこで登場するのが、ジャガイモです。

 

どんな場所でも、そして大量に、実を付けるジャガイモ。

それでいて栄養価の高いジャガイモ。

 

飢餓を目の前にして、もう迷信がどうのこうのと言っている場合じゃなかったのであります。

というわけで、ドイツでは三十年戦争後あたりから、いち早く一般的に栽培されるようになり“ジャガイモの国“となっていきます。

 

本当はもう少し、ドイツにおけるジャガイモの話をしたいところではありますが、やはり長くなりますのでこのへんで。

この後もまだまだいろいろなエピソードがありますのでまだまだお付き合い下さいませ!

次回はドイツ以外の国とジャガイモについてお話したいと思います。

本日もありがとうございました。